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トリップ管理人の部屋

いつのまにか無くなってしまうものが世の中にはたくさんあります。ご近所の風景から文化遺産、廃墟、自己の存在意義まで、管理人が魂込めて贈るメッセージです。

2011年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年02月

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すみれの花~の生みの親、白井鐡(てつ)造(春野町)

静岡県浜松市の春野町には、近年春ともなれば、紫色のスミレの花があちこちに見ることができる。その理由は宝塚歌劇団のテーマ曲ともなっている「すみれの花咲くころ」の生みの親が春野出身で後に宝塚歌劇団の演出者として、また理事とて名を残した白井鐡造氏の生まれ故郷だからだ。町では宝塚歌劇団のテーマ曲ともなっている「すみれの花咲くころ」を町のイメージ作りにと町民こぞってスミレの花作り、また曲を時報に合わせて流し、町おこしをしている。その白井鐡造氏の偉業をたたえて町には白井鐡造記念館があり、記念館には往年のスターのポスターや雑誌、白井鐡造氏の遺品などが数多く展示され無料公開されている。白井氏はもともと浜松の日本形染で働いていた。日本形染といえば昭和天皇が視察に来られた優良企業である。優良企業を辞めてまで演出家の道に入り、もともとフランスの歌をすみれの花咲く頃の詞を付けて大ヒットさせた。

白井鐡造記念館当時のポスター近くにあった二宮金次郎先生の石像記念館から浜松方面に向かう途中にて

記念館には私1人しかいなかった。各地にその町の偉人の記念館があるがなかなか人が訪れない。先日訪れた本田宗一郎、木下恵介の記念館でもお客さんはちらほらとしかいなかった。今の人たちは、先人に偉業に対する興味がないのだろうか。または自分たちの町に興味が無いのだろうか。そのうちこのような記念館が無くなるかもしれない。
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| わがまち偉人伝 | 14:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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