FC2ブログ

トリップ管理人の部屋

いつのまにか無くなってしまうものが世の中にはたくさんあります。ご近所の風景から文化遺産、廃墟、自己の存在意義まで、管理人が魂込めて贈るメッセージです。

2009年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年01月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

日本縦断を夢見た光明電気鉄道跡を巡る

光明電気鉄道は昭和5年から11年までのわずか6年の短命に終わった。磐田市中泉から天竜市二俣を走っていた。計画としては天竜川東岸を通り飯田線に接続連絡し、遠州と信州を結ぶ中部縦断鉄道という遠大な計画だった。廃線からすでに70年も経っているが現在でも路線の一部を天竜浜名湖鉄道が受け継ぎ、一部その名残が、浜松市天竜区二俣町に残っている。小学生の時に光明電鉄を利用していたという、二俣町栄林寺前住職の弟さんに光明電鉄跡を案内していただいた。当時、電車がホームに着く途中で飛び降りていたという、今では考えられないのんびりした電車だったらしい。私が「この電車は佐久間まで行く予定だったんでしょうね。」とあやふやな知識で尋ねると、「とんでもない。長野県を経て日本縦断の大鉄道の予定だったんだ。」と当時子供心にも郷土の誇りとしての鉄道という意識がはっきりと伝わった。「今の天浜線よりも赤字だったんだから廃線もしかたがない。」と話していた。
案内をしてくれたおじさんが立っているところが光明電鉄が通っていた場所。現在は道路として利用。光明電鉄のプラットフォーム。向こうに見えるのが二俣駅に停まっている電車。栄林寺南にあるトンネル跡栄林寺前に光明電気鉄道が通っていた。お墓の前でイルミネーション。遊具もある。光明電鉄が利用していたトンネル(現在天竜浜名湖鉄道が利用。二俣駅から上野部に向かう途中)光明電鉄が利用していた線路(現在天竜浜名湖鉄道が利用。二俣駅から上野部に向かう途中)画面が曲がっているのは写真を撮っているときに電車に轢かれるのではないかと思ってびびっていたから。画面では解りにくいがよじ登って線路の脇にいるのだ。(決してまねしないでください。)
スポンサーサイト



| 消えた鉄路を行く | 17:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT