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トリップ管理人の部屋

いつのまにか無くなってしまうものが世の中にはたくさんあります。ご近所の風景から文化遺産、廃墟、自己の存在意義まで、管理人が魂込めて贈るメッセージです。

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平家落人の伝説、京丸ボタン・京丸の里 その2 藤原家

南北朝の時代、後醍醐天皇の孫、尹良親王(ただよししんのう)が落ち延びて、静岡県浜松市天竜区春野町の京丸の地に身を隠したといわれている。尹良親王は信州で死んだとされているので、確かなことはわからない。ただ、尹良親王の父親は静岡県浜松市の井伊谷にしばらく居たらしいので、まんざら遠州の地に関係なくもない。現在では藤原家1件のみ現存するが人は住んでいない。藤原家はこの地で後醍醐天皇の首をお祀りしていたという伝説もある。落人の伝説は全国に様々ある。例えば、牛若丸の源義経は実はモンゴルに渡りジンギスカーンになったとか、豊臣秀頼は実は生きていて、その子が天草四郎となって幕府を苦しめたとか。人気のあった人物が時の権力者によって滅ぼされるのが忍びないということから、そのような伝説が庶民の間で生まれたのである。また、自分たちの住む村にも、そのような歴史上の人物と何かしらの関係があったと思いたい心理もあるだろう。関係ないが、先週私の妻が町内のお祭りで、町内の○○さんの先祖は徳川家康と親交があったという話を聞いてきて、「○○さんの家は凄い」と、しきりに感心していた。なるほど、こんな町にもそんな話があるのだから全国には数限りなく「有名人おらが村伝説」があるのだろう。

林道出発10:25

今回、京丸の里巡りには、連れがある。万歩計の「のりこさん」である。1人でさびしく山を歩いていると、時々声を掛けてくれるのだ。たまに動画で励ましてくれる。その上カロリー計算もしてくれるのだ。


藤原家に行くには2つの道がある。山の古道か、整備された林道かである。もちろんへなちょこの私は整備された道を歩くことにする。


藤原家に行く道の入口11:53
立ち入り禁止となっている。藤原さんが普通に暮らしていたのだから勝手にロマンを求めて来られても迷惑だろう。
藤原家到着12:06
建物は戦前ぐらいに建てられた物だろうか。当たり前の話だか、南北朝時代の物ではない。普通の古い家であった。藤原家の墓
菊の紋が!!
ここにもラケットが!!
作業場?
藤原家の大きなスギの木
林道終点12:23
林道に飽きたので川を渡ってみる。少し上ってみる。滑って落ちそうになるので帰ることにする。
14:32林道入口に戻った。16757歩、だいたい10kmぐらい歩いたことになる。時々万歩計が「すっごーい!」とか「輝いてる!」とか言ってくれたが、なんだかむなしい。

整備された林道は、なめらかな斜面で歩くのは楽だが風景が単調で飽きてしまった。やっぱり、昔の山道を歩かなくてはダメだと思った。靴とか杖とかコンパスとか、装備をしっかりしないと登れないと思う。

麓に戻ってきた。
手打ちそばの一休というお店で天ぷらそばを食べる。1,000円。ここで突然万歩計の「のりこさん」がしゃべり出した。あわてて電源を切る。
お店のそばの風景。

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| 遠州七不思議を行く | 18:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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平家落人の伝説、京丸ボタン・京丸の里(春野町)その1

60年に1度、タライのような大きなボタンの花が咲くと言うことで有名な京丸の里が静岡県浜松市天竜区春野町にある。平家の落人が住みついた…京都の人が住んだ…ということで京丸というらしい。一族全てが藤原家で、いまでも家が残っている。伝説では落ちのびた姫が持っていたボタンが咲いたとか、この里の娘と信州の花火職人の青年とがいい仲になったが、決して他人にこの里のことを知られてはいけないと言うことで反対され、心中したとか、色々ある。大きなボタンは花火職人の青年が打ち上げた花火が川に映ったのだろうとも言われている。
出かける前にカメラのバッテリーが無いのに気付き充電したり、地図を調べたりで出発が午後2時ぐらいになる。先日テレビで、要領の悪い人間は出発前に用事を思い出すとか何とか言っていたのを思い出す。これがあとで致命傷になるのだが。

まず腹ごしらえで春野町の道の駅で山菜そば(600円)を食べる。こんな事をしている場合ではなかったと、あとで激しく後悔する。



旧石切小学校。
この小学校でうろうろしていたら、小学校横の公民館で宴会をしていたおじいさんが出てきて、「なんか用かね。」と聞くので、この小学校にバンガローって書いてあるけど泊まれますか?と聞くと、「今日泊まるのかね。」と聞いてきた。もう3時を過ぎていたのでそう思ったのだろう。管理している人を知っているので、連れてきてやるって言って去っていった。最近浜松の大衆浴場でこわいばあさんにあったり、町内の廃品回収でこわいおばさんに怒られたりで、人の優しさに接していない私は、あぁなんて浜松以外の人は優しいのだろうと感心する。しばらくして管理人さんが来て、「3年前にバンガローは止めてしまったので泊まれないよと。」と言うので、写真撮っていいですかときくと、どうぞどうぞと言ってくれた。これが浜松だったら、「人んちの地所で勝手なことせんでくれズラ。」とか言うのだろう。
京丸の里ふもとの農家。
車両通行止め。ここから歩きになる。
左の道が山へ続くという目印の赤いひも。
やたら祠が多い。藤原と書いてある。バトミントンのラケットが置いてあるのがいくつかあった。この里を離れるときに各家で祠を作ったのだろうか。

5時頃もう暗くなってくる。これ以上進むのが難しくなるので帰ることにする。もっと早くから来なければムリだ。
カエル
人里に着いた。トンネルがなんだか怖い。
次回出直しでつづく

| 遠州七不思議を行く | 19:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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