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トリップ管理人の部屋

いつのまにか無くなってしまうものが世の中にはたくさんあります。ご近所の風景から文化遺産、廃墟、自己の存在意義まで、管理人が魂込めて贈るメッセージです。

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奥の細道の終わりの地、大垣。お城もあるよ。

岐阜県大垣市には、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅を終えた場所がある。水が豊富で、川の感じは近江の町に近い。最近記念館が出来てこの町は、ちょっとした松尾芭蕉ブームとなっている。
記念館にて水路が美しい江戸時代の灯台水路お約束の芭蕉の像俳句の碑がいっぱいある水路大垣の街並み大垣の街並み大垣の街並み大垣城と城主、戸田氏鉄(とだうじかね)。ちなみに家康のお気に入りだったようだ。
大垣は水まんじゅうが有名で、記念館に売っていたので大垣城を見た後で買おうと思っていたら売り切れていた。奥さんが私のことを「あんたのやることはいつも後手後手なんだよ。」と言っていたのを思い出した。




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| 古道を歩く | 22:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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高天神城跡、甚五郎抜け道


徳川と武田の厳しい攻防戦の末、天正9年3月、高天神城は落城した。武田軍の軍監横田甚五郎尹松が本国の武田勝頼に落城の報告をするために通った険しい道を「甚五郎抜け道」と言われるようになった。別名「犬戻り猿戻り」と言われるくらいの難所だった。どのくらい難所か通ってみる。2回転んだ。ほうほうの体で引き返す。

近くには高天神城がまだ徳川の城だった頃、徳川家の軍監大河内正局が武田軍により攻め取られた際、8年間石窟に閉じ込められた。何年か前、豊臣秀吉のドラマで大河内に連絡が取れないので、裏切ったと思った信長が、大河内の家族を皆殺しにするよう秀吉に言って、その後、大河内が足腰も立たず変わり果てた姿で救い出されたとき、困った信長の前に、秀吉が大河内の家族を殺さないでおいた、と言うのを見た。本当かどうかはわからないが。現在はキケンなので洞窟を見ることができない。

| 古道を歩く | 19:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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